幻の弟子たち

    三 遊 亭 円 丈

 
現在5人の弟子がいる。しかし入門を断った数の方が3倍多い。そんな入門を許可しなかった。幻の弟子たちを取り上げた。しかし時々、今の弟子を断って取らなかった彼らを弟子にしてたら。一体どっちがモノになっていただろうか?
 う〜〜〜〜〜ん!....難しい。

 
幻の弟子メニュー
かなえちゃん
往復はがきの弟子入り希望
やめた遊園地
深夜1時、電話で入門願い

同町内の主婦の弟子入り
        どれを?
 


 
その1.人生が狂ったかなえちゃん


 昭和56年頃、渋谷ジャンジャンで「実験落語」を主宰してかなり脚光を浴びていた。その頃、かなえちゃんは、高校一年の可愛い子で弟子入り希望。女の弟子は取らないのを知り、それから2年ほどズ−ッと追っかけのように落語会に来て打ち上げにも参加してたが、ぱったりと来なくなり、その後アングラ劇団に入り、やがてそこの座長と出来て結婚した。

 それから全く音信不通になったが、何年かしてかなえちゃんの名前が、新聞の社会面に出た。大麻か、覚せい剤の密売でその座長の夫と2人で捕まったと言う短い記事だった。あんないい子だったのに。正直、少し心が痛んだ。もし弟子にしていたら多分そんなことはさせなかった。少なくとも密売で捕まるようなようなことだけはなかったはずだ。

 それに二ツ目になればそれなりに脚光を浴び、上手くしたら売れていたかも知れない。すると彼女の人生を弟子入りを許可しなかったことで。狂わしてしまったような気がする。女の弟子を取らないのは一重に家庭の事情による。いや、私に勇気があれば...。どうも心が痛むなあ。

 


 
その2.往復はがきの弟子入り希望


 円蔵師匠のところに往復はがきで弟子入り希望がきて面白いから取ったそうだが、私のところにも来たが、おもしろくないのでとらなかった。
7〜8年前の2月頃、愛知県の高校3年の子からウチの往復はがきがきた。

「来月卒業しますが、同じ愛知県出身の円丈さんのところに弟子入りしたいと思います。一応、卒業後は、ある会社に就職が決まっているので。落語家になると断らないといけないので。
この往復はがきで一週間以内に返事ください。
(1)弟子にする
(2)弟子にしない
どちらかに丸をつけてください!」

 誰が返事なんか書くか?ホントにもう。1人の弟子を教えるためにどのぐらいの時間と情熱をかけると思ってんだ。なりたかったらウチに来い!これが答えだね。


 
 その3.やめた「遊?地」


 「遊?地」は辞めた弟子の名前。それで一応一文字伏字にした。彼は2年ほどいて半ばクビ、半ば自分でやめた行ったそんな男だ。
 どう言う訳かウチには落語を知らないの弟子が入ってくる。その中で遊?地は、某国立大学の落研で円丈一門では初の落研出身になった。この遊?地とは、運命的な出会いを予感した。そして弟子の中で初めて辞めた。どうも私の予感は全然当たらない。

【芸人必ずひとつは必要なもの】
 以下の内なにかひとつ抜けていれば他がダメでもなんとかなる。
 (1)芸
 (2)キャラクタ−
 (3)世渡り
 (4)ギャグ作り

ところが遊?地は、
(1)落研出身なのに芸はとてもセコイ。
(2)キャラクタ−はどんよりとして光らない。
(3)楽屋でスンゴイ評判が悪い。兄弟弟子にも評判が悪い。私にも評判が悪い。 世渡り以前の人間関係がうまく構築できない。
(4)ギャグ作りはソコソコ作れるが、ギャグに致命的欠陥がある。

 たったひとつの武器になりそうなギャグ作りだが。ところが彼のギャグにはトゲがある。トゲだらけの落語を作る。聞いてるうちにむかついてくるような噺なんだ。随分指導したが、このトゲトゲ.ギャグしかできない。そのギャグの裏に悪意がある。どうも潜在的に社会に対して敵対意識を持ってるようなんだ。

【トゲトゲギャグの原因とは?】
 そして色々聞いてみると彼の父親は、酒乱の山伏!ホントか?まあ山伏と言うのはともかく酒乱は本当の話。小さい頃随分、父親に乱暴されたようだ。その酒乱の父親に対する憎しみは、そのまま社会に対する憎しみに成長して行った。しかしその反面、彼の母親に接する時はとてもやさしい息子になる。

 だから母に対するようなやさしい一面がギャグにもでると良いのだが、それがでない。ギャグ作りの全エネルギ−は、父親に対する憎しみから出てる。だから落語の中でいつも父親(社会)に仕返しをするような悪意のある攻撃的なものになる。

 それを直そうと随分叱り飛ばしたりしたが結局ダメで辞めることになった。もし彼の父親が、酒乱でなかったら。遊?地のギャグにトゲがなくなり、結構モノになったかもしれない。
 彼の作る悪意の落語は遊?地のせいではない。父親の酒乱が原因。そう思うと遊?地は被害者だ。目の前にいるとむかついてマシンガンのように小言を浴びせたが、考えると気の毒な男だ。かれは、今もギャグの夢を捨てきれずコントの世界を目指しているようだが..なんとか成功して欲しい。



 
その4.深夜1時、電話で入門願い


 ところで深夜1時に弟子入り志願の電話があったら。あんたなら弟子にする?しないよね。それがうちで実際あった。
「....お願いです。弟子にして下さい!」
腹立つよ。本当に!そこで無言でガチャンと電話を切った。
で2.3日してある寄席の前で
「先日はすいませんでした。ぜひ弟子に!」
そこでもやはり断った。

 その男はその後ある師匠のところに入門した。それがどこでなんて芸名になったのか?死んでも言わん!しかしそこでも午前1時に電話するような奴だから。評判わるくて散々だった。
 寄席でも会うようになり、密かに観察していたが、考えが変わった。直感だが、彼はモノになる!!おもしろい。弟子にするべきだった。常識破りの彼こそ、何かを持っていた筈だ。そして一年ほどいて噺家を辞めた。その師匠のところを辞めた。
 

 


その5.同町内の主婦の弟子入り


 数年前まで銀座にわんやと言う居酒屋があり、その店で毎週「わんや寄席」をやっていた。大体日本人は、酒が入るとただ訳が分からなくなるが、このわんや寄席は、酒の席なのに実に良く聞き、良く笑ういいお客さんだった。もう奇跡の寄席だね。落語協会がプロディユ−スしてて大体年に一度ぐらいのぺ−スで出番が回ってきた。

 その時のこと。落語が終わると酒と料理を用意してくれてる。それで飲んでいたら。若い男女2人が近づいてきて、その女性が
「あのう..弟子にして下さい!」
なんだい。そりゃあ?大体、こんな酒の席での話は真剣に取り上げない。
「はははっ、弟子入り?なに?」
「はい、実は円丈師匠と同町内に住んでいて前から弟子になりたかったんです。はい。結婚してまして。2才の子持ちなんですが?」「えっ、子持ちで主婦の弟子入り?」
「はい、実は今日わんやにくると言うのでそのために来たんですが..ぜひ弟子に!」
まあ、まんざら冗談でもなさそう。
「..でご主人はなんと?」
「はい、私は絶対反対です!」
「あなた!ご主人?」
「はい、そうなんです。弟子入りって、子供だっているし、私が困るんです!ですから噺家にならないように説得してください」
「あなた、余計なこと言わないで!」
「なにが余計なことだ。そんなことは絶対許されないよ」
「なに言ってるの。この人にわがままな人!」
「どっちがわがままだよ」
「ハイ、そこまで!!とにかく2人で良く話し合って。弟子入りしても良いと言う合意に達したら改めて来て下さい!」
「...やっぱり、主婦の子持ちじゃ弟子入りは無理なんでしょうか.....」
としょんぼりしてた。しかし亭主が猛反対してる子持ちの主婦を弟子にするほどアホではない。えらいトラブルになってしまう。亭主が、くだものナイフを手に乗り込んできて
「女房を返せ!!円丈死ね〜〜ッ、グサッ」
なんて刺されるのは、ゴメンだからねえ。


 
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